広報誌「やさしいまち」2024年11月号特別対談
近年、少子高齢化の進展や地域のつながりの希薄化など、社会情勢の変化により、介護・福祉分野においては、支援を必要とする人の増加と担い手の不足という二重の課題を抱えております。限られた人材資源をどのように確保しパフォーマンスを高めるかについては、確固たる戦略を持つことが必要であり、介護・福祉分野においてサービスを提供する多くの法人・団体が人材確保育成という大きなテーマと向き合っています。今回の対談では、札幌大学客員教授であり、複数の企業の社外取締役なども歴任される中田美知子先生から、課題山積の福祉業界における人材確保育成についてお話を伺いました。(聞き手は本会常務理事 高棹則嗣)
対談は特集記事として広報誌「やさしいまち」2024年11月号に掲載されておりますが、紙面の都合もあり全ての内容を載せきれませんでした。ホームページ版では残念ながら広報誌ではお伝えできなかったちょっと深いお話も含めて、対談の全てをご紹介します!
▲本会常務理事 高棹則嗣(左)札幌大学客員教授 中田美知子氏(右)
「育成する」2024年11月号特別対談
担い手不足の悩みを抱える福祉分野における人材確保育成について
「人材」ではなく「人財」
高棹 本会は「福祉的な困りごとを抱える人をゼロに」とする法人使命達成に向けて、経営計画や人材育成基本方針などを策定し、組織として目指す方向性を確認しながら日々事業を実施しているところですが、「人材不足」という大きな課題に常に頭を悩ませております。
始めに、中田先生には少子高齢化が進行する日本において、人材不足という課題が社会に与える影響についてのお考えをお伺いいたします。
中田 今後人口を大きく増やしていくことは現実的ではありませんので、人口減少を前提としてどのような形の人口ピラミッドを目指していくかのビジョンをしっかりと持つ必要があります。
“じんざい”という言葉にあえて“人材”ではなく“人財”という漢字をあてますが、現代社会においては、特にこの人財をどのように獲得し育てていくかということが大きな課題となっています。
この課題の解決につながる一つの考え方が女性のさらなる活躍推進です。
少し余談となりますが、昔は女性の声には信頼性がないという理由で、女性アナウンサーが読めるのは子ども向けニュースだけという時代がありました。それが今のように全てのニュースを性別関係なく読むようになった要因は、男性だけで組んでいたシフトが回らなくなったことです。
日本は様々な社会の変化や海外の社会の動きなどを上手く取り入れて変わってきた社会と言えます。近年は女性の社会進出が進んでいますが、社会進出の機会に性別が関係のない社会の実現が人財の確保という課題の解決策の一つと考えます。
加えて、「高齢者の社会参画促進」と「外国人材の活躍促進」これら三つの視点を踏まえて、人財確保と言うテーマに取組んでいかなければなりません。
人財不足という課題と向き合う時には、ただ労働力を埋めるための人手という扱いは、互いの信頼関係に負の影響を及ぼすマイナス要因となります。女性やシニア、外国人も含めて全ての人をパートナーとして認めたうえで雇用関係を結ぶことができるか。雇用する側の意識改革もポイントだと考えています。
高棹 確かに、特に外国人材の労働実態としては、単なる労働力として考えられていたことも過去にはあり、賃金を得ながら日本で知識やスキルを学び、本国に戻ってから得たものを活かしてさらに活躍されるというwin-winの関係が築けない場合もあったかもしれません。
中田 私がFM北海道に勤めていた時に言い続けてきたのは、オリジナリティを大切にするという意味で「他と同じことはやるな」ということと、「とにかく育て続けよう」ということでした。育て続けるということは、育てる力を私たちが持つということです。育てる力をもつ組織は“人材”を“人財”に磨き上げることができます。
中田 私は札幌大学で「介護と看取り」というテーマで講座を持っていました。やがて今の学生たちの世代は「介護」や「在宅死」に当たり前に関わることになります。そのために少しでも今のうちから知識を持っておいて欲しいという趣旨の講座です。 中には将来資格を取って福祉分野で働きたいという想いを持っている学生もいました。ただやはり福祉の資格を取得できるコースを持っている大学や専門学校では、そもそもの志願者が減少しているというのが現状のようです。
高棹 北海道では特に、亡くなる場所は病院か施設という考え方が根強かったのではないでしょうか。
近年は少しずつ、在宅医療や在宅介護を組み合わせて、在宅で看取るという場合も多くなってきたように思います。そうした意識の変化は、在宅医療が普及してきたということのほか、コロナ禍で入院ができなかったことや、入院しても家族との面会が制限されていたということなどもあって、さらに進んできたように感じています。
中田 そもそも病院は病気を治療するところであって、「死」は病気ではありません。看取りを行う場所として病院が適切かどうかについては様々な意見もあるかと思います。
特に「病気を治す」「命を繋ぐ」ところであるがゆえに、場合によっては本人が望まない延命が行われたりするケースもあり、人としての尊厳を保ったまま安らかに亡くなる場所として、今後在宅を希望する高齢者はさらに増えていくのではないでしょうか。
高棹 少し本会の取組についてお話をさせていただきますと、本会では所属職員を対象に令和5年度に職員満足度調査を実施いたしました。その結果残念ながら最も満足度が低かった項目は「処遇条件」となりました。法人としては、毎年の定期昇給や介護保険制度に基づく処遇改善に加えて、ベースアップの実施など可能な限り処遇の改善に努めているところです。
ただ、人材確保というテーマを考えた時に、私たち社会福祉協議会の立場としては他法人と待遇競争をして福祉人材のパイを奪い合うのではなく、行政や民間団体などと連携しながら福祉人材全体のすそ野を広げていくことが責務です。そのための一つの取組として、福祉分野の魅力をより多くの方に伝えていくための広報活動が重要となると考えております。
本会では、「質の高いサービスの提供」「利用者本位の精神」「福祉サービスの最後の砦としての自覚」「充実した研修体系や開かれたキャリアアップのしくみ」など、札幌市社協で働く職員が大切にしている価値を改めてまとめて組織内で共有し、対外的にも伝えていくために、令和5年9月に、組織として守っていくべき「5つの社協プライド」を策定いたしました。これを組織内で共有することで、大きな使命を達成するために職員一人ひとりが進む方向をそろえ、組織の根底にある想いの浸透を図っています。
また、法人としての新たな価値・魅力の創造およびそれを効果的に発信していくための広報活動について、検討・実践を行う広報戦略会議を平成28年度に設置し、以降毎年度メンバーを入れ替えながら運営しているところです。この会議の中で、昨年度は福祉の魅力を若者に伝えるための取組として、民間企業と連携して札幌新陽高校への出前講座を実施し、この取組は全国広報コンクール(主催:公益社団法人日本広報協会)において広報企画部門で入選しております。
そこで、組織の価値・魅力の発信というテーマについて、特に若手世代に対するアプローチという観点から他の組織の事例などもあれば併せてお話しいただけますでしょうか。
中田 組織の持つ雰囲気というものは、建物に入った時点である程度感じ取れます。例えば、今日社会福祉総合センターの玄関を入ってここのお部屋に来るまでに感じた印象としてはとても温かいイメージで、これは正に長く培ってきた社風なのだと思います。
学生と話をすると「職員を確保したいなら給与を上げれば良い」と率直な意見をいう人もいます。これについては、当然向き合っていかなければならない課題で、魅力の発信とは別の視点・アプローチで取り組んでいく必要があります。
広報でできることは限られるかもしれませんが、若手世代への魅力発信について、例えば建築業界も同じような悩みを抱えています。「危険・汚い・きつい」という所謂「3K」と言われたイメージ(バブル期には「帰れない・厳しい・給与が安い」の「3K」と言われたこともあったようですが)を払拭しないと若者には敬遠されてしまう。これに対して国土交通省が打ち出したメッセージが、「『給与・休暇・希望』がある」というポジティブに変換された「新3K」です。企業によってはこれに「かっこいい」をプラスするなどアレンジして発信しています。
もちろん甘い言葉だけで内実が伴わないと、結局離職につながってしまっては意味がありませんので、組織内の具体的な体制や制度としても整えることが重要です。
高棹 近年は介護職員の確保に特に苦労している状況です。訪問介護(ホームヘルパー)は専門職の中でも人材の確保が困難な職種となっております。
本会では今年度介護部門だけでなく、各部門からメンバーを選出し「介護人材確保・育成プロジェクト」を設置して、様々な観点から対策を検討しているところですが、そうした検討にあたっても先生からいただいたお話は大変参考になります。
認識のずれをなくす
高棹 続いて、職員間コミュニケーションというテーマでお話を伺いたいと思います。令和4年度に公益財団法人介護労働安定センターがまとめた介護労働実態調査によると、介護職員の離職要因で最も多かったのは、「職場の人間関係に問題があったため」(27.5%)となっております。
一方で本会においては、令和5年度に実施した職員満足度調査の結果、満足度が高かった項目は「上司への信頼」や「職場の雰囲気や人間関係」となっており、その点は誇ることができると思っております。
近年はハラスメントへの懸念など職場内コミュニケーションの促進についてもしっかりとしたスキルが必要となってきており、その手法も様々であると思われますが、円滑にコミュニケーションを図ることができている事例や反対にうまくいっていない事例、また、うまくいっていない場合の改善策などについてぜひお伺いしたいと思います。
中田 職場内で円滑なコミュニケーションが取れている会社を見ました。そこでは性的役割分担が排除されていたのです。今の若者たちは学生時代に男女平等が当たり前という教育を受けてきています。
その世代は男女の不平等というテーマは既に一世代前に決着がついていると思っています。ところが、実際に就職しているとそうはなっていない、つまり性的役割分担がまだ根強く残っている会社は少なからずあるわけです。そうなると戸惑いが生まれ、コミュニケーションをとるにも前提としている考え方が異なることでうまくいかなくなります。
また世代の差による認識のずれも円滑なコミュニケーションを阻害する要因です。DXの推進を例にとると、デジタル技術に馴染みのある世代の考え方を「よくわからない」という理由で却下する組織はやはり普段から風通しが悪い息苦しい雰囲気が生まれています。
性別や年齢、立場などによらず意見を交わし合える職場づくりが大切であるといえるでしょう。
既存の組織をアップデート
高棹 地域福祉の推進は社協だけで進めていくものではなく、だれもが支え合って安心して生活していくことができる社会を目指して、地域住民や企業・団体、行政機関などと密接に連携を図りながら取り組んでおります。ここからは地域福祉の推進という目的に向けて、本会以外の人材や団体、ネットワークとどのように連携していくべきかというテーマでお話をさせていただきたいと思います。
高棹 専門職が人材不足の課題を抱えているのと同じように、地域においても担い手不足は深刻な課題となっております。地縁によるつながりの希薄化が進行する中、地縁以外の新しいつながり方により、様々な主体が参画するしかけづくりが必要となります。
札幌大学様においても「地域共創力を身につけた人材の育成」を掲げていらっしゃいますが、まさに様々な主体が共に新しい価値を創造していくという地域共創の視点から、地域の支え合いの将来像について、どのようにお考えでしょうか。
中田 担い手の不足という課題に加えて、3年間続いたコロナ禍により、地域のつながりは薄れてきていると感じています。町内会やマンションなどでも挨拶は交わしてもそこから先の会話に発展しづらくなってしまうなど、今でもその影響が残っているところはあるように聞いています。
こうした環境の変化に対応していくためには、町内会などの既存の組織も常にアップデートをしていく必要があります。そのためには、組織の中のキーマンを見定めて、組織の活性化に向けてアプローチし続けなければいけません。時には組織体制の刷新につながることもあるかもしれませんし、変革には大きな負担をともないますが、目を背け続けることはできません。また変化を恐れてはいけません。
未来の札幌市社協へ
高棹 ツールは変化していきますが、人を支えるのはいつの時代も人でしかありえません。ICT化やDXなどが叫ばれる中、福祉分野においても仕事のしかたはどんどん変わっていきますが、「一人ひとりのふだんのくらしの幸せ」を守っていくという根本の考え方は変わることはないのだと思います。
札幌市社協は使命の達成を目指して日々業務に取り組んでいますが、働いている一人ひとりの職員を大切にしていくことが当然前提としてあります。人材の確保育成に向けて様々な取組を行っているところではありますが、まだまだできることはたくさんあるはずで、本日、中田先生からいただいたお話からも多くのヒントをいただけたと思います。
対談の締めくくりになりますが、これからの福祉分野の人材戦略、そして未来の社協に対して、エールを込めてご提言をいただけますと幸いです。
中田 私が今日建物に入ってきた時に感じた温かい雰囲気やこの広報誌の「やさしいまち」というタイトルに皆さんが込めた思いをこれからも守り続けていっていただきたいと思います。
多様化の時代、仕事量は増殖していきます。その一方で人は減る。だからこそ職員と経営陣が力を合わせ「仕事の断捨離」をして下さい。社会の要望を見て、新しく取り組むべきこと、変えるべきこと、やめるべきことをしっかり見極めて、全員で共有してください。
さらに働きやすい 素晴らしい組織づくりを実現し、これからも札幌市における福祉の分野でのイニシアティブを取っていっていただきたいと思います。